1.顧客第一主義

大切なことを忘れてしまった企業人

<なぜ競合他社の2倍売れるのか?>
「社長の志によって人はこれ程までに変わるものなのか!」これは、私が初めてこの自動車販売会社を訪れた時の率直な感想だった。この気持ちを読者の皆様に分かって頂くためには、先ずこの会社のトイレを見て頂かなければならない。この会社のトイレは、まるでお伽の国に来たかのようにかわいらしく飾られている。全て従業員の皆さんの手作なのだそうだ。

この会社の朝は、店舗の両側200mを1時間かけて清掃することから始まる。雨の日はお店の中の大掃除。これが毎日続けられている。ショールームは32年前の木造建築だというのにピカピカで誠に気持ちがいい。「生花の一本は造花の千本に勝る」とこの会社の
A社長はおっしゃる。人の手がかかっているからだ。店舗の片隅にはキッズコーナーがあるが、そこには滑り台のような既製品はない。このお店にあるものは、全てが手作りでそのひとつひとつに心がこもっている。

こんなお店を見たらお客様はどう思うだろうか。「トイレにまでこんなに細やかな心遣いをしている会社なら、きっとサービスも素晴らしいだろう。」多くのお客様がそう思っている証拠がある。この会社の営業マン一人当たりの販売台数は競業他社の2倍以上なのだ。

 <人への思い遣り>
しかし、このお客様を大切にする態度は、会社の売上をあげるための小ざかしい手段ではない。A社長はこう言われる。「カーディーラーという仕事は世間で高く評価されない。だからこそ社員に志を高く持たせ、地域から尊敬される会社にしたいんだ。」また、こうともおっしゃるのである。「どこのディーラーも車を買うまではお客様を大切にするが、買った後のお客様の立場は弱い。アフターサービスとはお客様を助けて差し上げることなのだ。」

この会社の「お客様第一主義」の根底には、間違いなく「人への思い遣り」の気持ちがある。
A社長の「思い遣り」が従業員に伝わり、従業員もまたA社長と同じ気持ちでお客様に接している。そして、お客様は感動する。売上が伸びてゆくのはあたりまえである。この会社に奇抜な戦略はない。人間としてあたりまえのことを徹底することが、あたりまえの結果に繋がっているのである。「従業員は会社の利益を出すための道具ではない。働く人も一緒に成長しなければ、企業経営の本来の目的は達成し得ない。」この気持ちが根底にある企業は強い。

 <「お客様第一主義」と「顧客接点の重要性」>
この会社は経営学の視点から見ても、ビジネスに関する大切なポイントを抑えている。その第一は「企業の目的は何か」ということだ。企業の目的は決して利益を上げることではない。企業の唯一の目的は、「お客様に選んで頂ける商品やサービスを提供すること」である。これは、経営学の世界的な権威であるピーター・ドラッカー教授の言葉だが、「人を幸せにすること」こそがビジネスの基本なのだ。人を幸せにする人のまわりには人が集まる。

組織の目的を利益などと考え、自社の都合でお客様に商品やサービスを売りつけようとするからお客様は逃げてゆく。昨年起こったいくつかの大手企業の不祥事はその最たるものだ。目標利益、ノルマ達成、このような企業本位の姿勢がどんどんその企業をお客様から遠ざけてゆく。

第二番目のポイントは「顧客接点の重要性」ということである。今から15年程前に「真実の瞬間」という本がベストセラーになった。この本はスカンジナビア航空を成功に導いたヤン・カールソンという社長が書いた本で、「真実の瞬間」とはお客様との接点のことを意味する。このお客様との接点にビジネスの非常に重要な鍵があるということが書かれている。

航空会社を例にとってご説明しよう。もし皆さんが飛行機に乗られ、出てきた機内食のトレイが汚れていたらどう思うか? 私なら「こんな些細なこともキッチリと出来ない会社で、機体の整備は大丈夫だろうか」と思う。人はこのような、企業とのほんの些細な接点で、その会社のイメージを作ってしまう。「日々の電話対応や来客応対などのビジネスの基本がちゃんと出来ていない会社がいい仕事をしてくれるはずがない。」人はそう思うものなのだ。

皆さんの会社は大丈夫だろうか?「つべこべ言わずに売ってこい!」とか、「絶対にこの売上目標を達成しろ!」などと、自分の会社の都合ばかりを優先して、従業員をお客様の所に向かわせていないだろうか? 電話対応やトイレ掃除、ビジネスの基本中の基本ができているだろうか? 全てのビジネスは人との関係の中で行われる。お客様を幸せにできない会社に繁栄などありえない。

 <やる気がある人が多いだけ>
そして、第三番目のポイントは、従業員のやる気の問題である。企業の管理者の役割をつきつめれば、それは従業員の能力とやる気を高めることだけだ。従業員をやる気にする上で一番大切なのは、経営者や管理者の従業員に対する暖かな関心である。自分を従業員の立場に置き換えてみればすぐ分かる。人は自分に感心を持ってくれ、自分を認めてくれる人のために働きたいと思うのである。従業員の「やる気」の源の一つは上司との信頼関係なのだ。

前述のピーター・ドラッカー教授が企業のコンサルを行う時、幹部社員に向かって「あなたの仕事は何ですか?」と聞くそうだ。そして、幹部連中が、「私は財務担当で、今の仕事は借入金の・・・」とか、「私は営業に責任を持っており、顧客開拓が最重要課題で・・・」などという説明を一通り聞いた後、「みんな違う、あなた方の一番大切な仕事は、従業員を訓練してやる気にさせることだ。」と言われるそうだ。

そしてこう続く。「業績の高い会社は、社内にやる気のある人が多い会社である。そして、国の経済が繁栄するというのは、その国にやる気のある人が多いということだけなのだ。」会社と経済の発展に関する、なんと分かり易い説明であろうか。

 <大切なことを忘れてしまった日本人>
今の日本の不況は、日本人が高い志をなくしたことが一因ではないかと思う。企業が「お客様や従業員を幸せにする」という利他的な目的を第一に掲げ、それを真に実践していれば、利益という結果はおのずとついてくるものである。自分を幸せにしてくれる人、自分が信頼できる人の提供する商品やサービスなら、それが多少割高でも買ってしまう。自分を認め、自分を信頼してくれる人の指示なら、その仕事が多少きつくてもやってしまう。人間とはそういうものだ。

現代の日本人は大切なことを忘れてしまっているのではないだろうか。「企業の目的が人を幸せにすることである」という考え方は、西洋の経営学者に教えてもらうまでもなく、我々日本人の先輩はよく知っていた。東洋思想の経済に関する基本は、「富は常に徳の結果である」ということだ。上杉鷹山も二宮尊徳も、事業を行う前に先ず仁を施した。徳があれば、事業の結果はついてくるのだ。現代の企業人は大切なことを忘れてしまっている。

以上